海に魚を泳がせない
静かな砂浜に一人立ち尽くし 彼女は海を眺めるのが好きだった
親しい海風が頬をそっと撫でる 波はリズム良く寄せては返した
手のひらについた砂粒を落とし 彼女はマフラーに顔をうずめた
浅瀬で立ち騒ぐ波の音が 独りよがりのバラードみたいだった
遠く広がる水平線 空蝉の花火
桟橋で舞い散る 街灯の薄明かり
そんな毎日 彼女の風景 変わらずにいるよ
海はすべてを受け入れてくれるかな
喜怒哀楽を上書きして 書き込める一ページに
旅立ちと言えば聞こえはいいが 逃げ出したくてしょうがなかった
荷物は全部捨てちゃえばいいんだ 空虚さだけ連れて列車に乗った
海岸線に点滅する遮断器の警報 踏み込まれた雑踏は彼岸にあった
ソーダ色に染めた十六歳の夏 七月の風と握手を交わした
塗りつぶされた四畳半 窓越しの海辺
音沙汰ない希望と未来 真夏に踏み潰された
そんな毎日 彼女の風景 変わることできなかった
海はすべてを受け入れてくれるかな
春夏秋冬を下敷きにして 泣き叫ぶ無謀な思い出
帰りの電車はいつも混んでいる 暗くした空の下を走る
隅っこで揺さぶられる彼女は 今日もあの海へと向かうよ
鳥は風に乗って空を泳ぐ 車はアスファルトを泳ぐ
人間はどこをだって泳ぐけど 魚はどこを泳げばいいだろう
埠頭の夕焼け 寂れた岸壁 泡立つ後悔
次第に膨らむ自己嫌悪を 口に詰め込んだ
眩い光 水面に輝く まるで星空みたいだ
海はすべてを受け入れてくれるかな
どこかで鳴らす懐かしき歌 水溜まりに映す幕開け
小さな水槽に納まる分だけ かき鳴らせ 受け止めて
大人になることを示すチャイムの音 泥まみれも愛しく思えた